みなさん、こんにちは。

つたない文章を読んでくださって、ありがとうございます。

今日は、朝から雨が降っています。

子供のころから、雨が好きでした。

庭の緑が雨にぬれて、光って見えるところ。

窓ガラスに伝わる雨をなぞったり

それから、雨の音も大好きでした。

ショパンもこの雨の音を聞きながら「雨だれ」を作曲したのかな~なんて、いろいろ想像するのも好きでした。

 

最近、今ひとつ元気がなかったのですが、雨の音に癒されていました。

失意の底?にいるわけではないけれど、ふと、以前尊敬する先生に教えて頂いた言葉を思い出しました。

悲しみの奥に聖地がある

有名なオスカーワイルドの言葉です。

オスカーワイルドといえば「幸福の王子」がよく知られていますよね。

 

以前、いろんなことがあって、落ち込んでいるときに、先生が教えてくださいました。

聖地、、、。

この響きがすごいですよね。

この言葉を教えてくださった先生も、幼少のころより、たくさんの苦労を重ねてこられた方でした。

その分、人の心の痛みも良くわかり、いつも聖母のような優しさ・包容力で、周りの方を照らしていらっしゃいました。

初めてそのA先生にお会いした時、私はぼろ雑巾のような感じでした。誰も、私の苦しみや辛さを分かってくれない、、、。と、心もすさんでいました。

そんな時、縁があって、A先生とお話しする機会があり、ぽつりぽつりと、自分のことを話し始めました。

話したといっても、2.3分のことで、詳しい話はできませんでした。

そのつじつまのあわない話を、黙って聞いてくださった先生が一言

「そうですか~。大変でしたね」と、おっしゃいました。

ただその一言だったのですが、その時、「あ、この先生は私の苦しみがわかるんだ~」と思った瞬間に、涙が止まらなくなりました。

そして、その時、A先生が私の悲しみをスポンジみたいに吸い取ってくださったような、不思議な感覚を覚えました。

 

それ以来、何かあるたびに、先生にご相談しアドバイスを頂いてきました。

たくさんの素敵な言葉を頂いてきましたが、その中でも、このオスカーワイルドの言葉は、心の琴線に触れました。

A先生は、いろんな体験を経て、今の聖母のような境地になられたのでしょうね。

 

この言葉の受け取り方は、人それぞれだと思います。

 

今日は、雨のせいか、ふとこの言葉を思い出し、誰かに伝えたくなりました。

 

やまない雨はない。

 

苦しいときは、何を聞くのも言うのも嫌で、すべてをシャットアウトしたくなりますが

それでも、自然の祝福を私たちは、いつもどんな時でも受けているのですよね。

 

ちょっと、心が回復した時に、当たり前だと思っていること、小さな恵みに対して喜べる自分でいたいと思います。

 

今日は、大好きなフレーバーティーをたっぷり頂いて、雨の音をBGMに、私も小さな波をやり過ごします。

ありがとうございます(*^_^*)